特集
女将・沼田弘美さんが語る、創業75年の老舗「紀州白浜温泉 むさし」のおもてなしの心(後編)
創業75年。紀州の名湯として知られる白浜温泉「むさし」。 その暖簾を守るのは、家族の絆に支えられ、伝統ある旅館を継いだ女将・沼田弘美さん。 女将の半生と、和歌山の魅力、そして老舗旅館「むさし」のおもてなしの神髄に迫ります。
-食事のこだわりと和歌山の味覚
インタビュアー
お食事についてもお伺いしたいのですが、お料理のこだわりや特徴を教えていただけますか。
女将
和歌山を代表する高級魚に「クエ」がありますが、当館ではこのクエを名物料理として皆様にご提供しています 。バイキングレストランでは、お一人様用のクエ鍋を年間通じてお楽しみいただけます 。また、懐石料理では、なかなか熱々の状態でお出しするのが難しい天ぷらの代わりに、クエをカラッと揚げた唐揚げをお出ししています 。これなら温かいままご提供できますし、お客様からも大変ご好評いただいています 。
インタビュアー
クエは年間を通じて頂けるのでしょうか?
女将
そうなんです 。近畿大学さんが養殖の研究を重ねてくださったおかげで、安定的にご提供できるようになりました 。最近では「クエタマ」※という新しい種類のクエも開発されました 。これは、成長が早くて脂が乗っているだけでなく、和歌山の低い海水温によって身がギュッと引き締まり、ゼラチン質も豊富だという特徴があります 。今後、こちらの出荷量も増えていくと聞いていますので、これからも白浜の美味しいクエを、たくさんの方に味わっていただきたいですね 。
※クエタマ:近畿大学が日本で初めて作出に成功した、クエとタマカイのハイブリッド種のこと。タマカイの成長の早さと、クエの美味しさを両立している。
インタビュアー
お話を聞いているだけでお腹が空いてきますね。クエ以外に、地元の食材や特産品で「これはぜひ食べてほしい」というものはありますか。
女将
クエはもちろんですが、当館では果物もできるだけ和歌山県産のものをお出しするようにしています 。夏でしたら、スイカの名産地として知られる印南町(いなみちょう)のスイカをお出ししたり、また、梅干しも欠かせませんね 。定番のはちみつ梅やしそ梅など、季節に合わせて様々な種類の梅干しをご用意し、それぞれの味の違いをご説明しながら楽しんでいただいています 。
また、海外のお客様、特に東南アジアからお越しの方は温かいお料理を好まれる傾向にあります 。バイキングレストランでは、中国のお客様などがお一人で鍋を2つも3つも召し上がることも珍しくありません 。「お出汁を追加してください」と、にこやかにおっしゃってくださいます(笑) 。お鍋は国を問わず、非常に人気がありますね 。
-多彩な温泉施設と絶景の屋上露天風呂
インタビュアー
温泉について、改めて「むさし」さんならではの魅力や効能を教えていただけますか。
女将
当館の温泉施設は、大きく分けていくつかのエリアに分かれています 。皆様にご利用いただける大浴場は1階と2階の2層構造になっておりまして、1階には半露天風呂と中浴場、2階にはより広い大浴場がございます 。このうち、2階の大浴場と1階の中浴場は同じ泉質で、1階の半露天風呂がもう一つの異なる泉質となっており、一つの場所で湯めぐりをお楽しみいただけます 。
また、海外のお客様や、小さなお子様連れなどで大浴場のご利用が難しいお客様のために、貸切温泉もご用意しています 。45分間、プライベートな空間でゆっくりと温泉をご満喫いただけます 。
さらに、一部の温泉付き客室には、サイエンス社の「ミラバス」という設備を導入しています 。これは、スイッチを入れると浴槽内に微細なミストの泡が発生し、まるでミルク風呂のように白く濁るというものです 。九州の大学の研究によれば、この微細な泡は洗浄効果が非常に高く、マジックや口紅の汚れさえも落とすほどだそうです 。これを源泉かけ流しの温泉で利用することで、泉質が肌に浸透しやすくなり、湯冷めしにくく保温効果も高まると言われています 。貸切温泉や温泉付き客室をご利用のお客様からは、大変ご好評をいただいております 。
そして、一番の自慢は、2019年の耐震工事の際に新設した屋上の露天風呂です 。それまで当館には、星空が見える程度の半露天風呂しかなかったのですが、この工事を機に、流行りのルーフトップテラスのような、インフィニティスタイルの露天風呂を屋上に作りました 。
この露天風呂は男女別になっており、一方は白浜の美しいビーチや温泉街を一望でき、もう一方は、当館の立地を最大限に活かした、円月島を眺めながら湯浴みができる絶景風呂になっています 。円月島が見える旅館は他にもいくつかありますが、島の真ん中の丸い穴まではっきりと見渡せるのは、おそらく当館だけではないでしょうか 。
特にサンセットタイムは空が美しく焼けて、格別の景色をご覧いただけます 。この景色を楽しみに、何度も訪れてくださるお客様もいらっしゃいます 。男女の暖簾は朝晩で入れ替わりますので、ご宿泊いただければ両方の景色をお楽しみいただけますが、夏場は円月島側に夕日が沈むため、日没の時間帯は特に美しいですよ 。
-季節に合わせた体験づくり
インタビュアー
先ほどご紹介いただいた体験は、通年で楽しめるのでしょうか。それとも季節によって変わりますか。
女将
現在のところは通年でご提供していますが、時々新しい体験が増えることもあります 。スタッフが常々、「どうすればお客様にもっと喜んでいただけるだろうか」「お客様は何を楽しみにして来てくださるのだろうか」と試行錯誤しながら、新しい企画を考えてくれるんです 。例えば、お正月にはお客様に書き初めを体験していただくイベントを企画したり、季節の行事に合わせて、準備が間に合えば何か特別な催しを考えたりしています 。
インタビュアー
海外の方も、そうした体験に参加できるのでしょうか。
女将
はい、もちろんです。多言語を話せるスタッフもおりますので、全く問題ありません 。
-世界遺産を巡る旅の拠点として
インタビュアー
旅館の周辺で、おすすめの観光スポットがあればぜひ教えてください。
女将
和歌山県には、世界遺産が二つあります 。一つは「高野山」、そしてもう一つが「熊野古道」です 。
熊野三山と称される「熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)」「熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)」「熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)」を巡ることで、現在・過去・未来を旅するかのような神秘的な体験ができます 。勝浦には那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)もあり、深い山々と美しい海、ジオパークや国立公園に指定された景勝地など、豊かな自然に溢れています 。
和歌山は縦に長い県ですが、南には南の、北には北の魅力があります 。当館を拠点に、ぜひ和歌山全体の魅力を楽しんでいただければと思います 。
-これから訪れるお客様へのメッセージ
インタビュアー
最後に、これから初めて「むさし」を訪れるお客様へ、一言メッセージをお願いします。
女将
当館は、この白浜の地で長きにわたり、和風旅館としての暖簾を守ってまいりました 。もちろん、今の時代に合った新しい施設も魅力的ですし、色々な楽しみ方があると思います 。ですが、もし「日本の旅館ならではの体験がしたい」「落ち着いた雰囲気の中で、ゆっくりと過ごしたい」と感じていらっしゃるなら、ぜひ一度、当館へお越しください 。心を込めて、精一杯おもてなしさせていただきます 。
インタビュアー
本日は、貴重なお話をありがとうございました。