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「大地の力」を感じる鹿児島。
約2万9千年前の大噴火でマグマが火砕流となって大地を埋め尽くしてシラス台地を造り、そこにできたカルデラに海水が流れ込んで錦江湾が誕生した。約2万6千年前のカルデラの噴火で海底に小さな桜島が生まれ、約1万3前年前に桜島北岳が海上に姿を現し、その後誕生した桜島南岳が噴火を繰り返し、大正時代の大噴火で流れた溶岩で大隅半島と地続きになった。錦江湾は水の入った鍋のような大きなカルデラで水深約200m以上。海底には今も海底火山が息づいている。
そして天孫降臨伝説の舞台の高千穂峰に寄りかかるように重なる円錐形の火山が、今から約3千年前に活動を開始した霧島山御鉢。直径約600m、深さ約200mの円形火口からは噴気が立ちのぼり、21世紀になってもしばしば火山性微動が観測される。地中深く息づくマグマが硫黄谷温泉をはじめとする力強い温泉を生み出している。
桜島の噴煙にマグマを感じる鹿児島城山
鹿児島は鶴丸城に代表される中世以来の山城や、その周辺に配置された外城の武家屋敷群が今なお残る全国で唯一の地域。特に鶴丸城楼門のある城山から望む桜島は、大地のエネルギーにあふれている。山城は江戸幕府の命令で破壊され、一つの藩に一つの城という制度に変わったが、薩摩藩は城を壊すとシラス台地が崩れて田畑に土が流れ込むと幕府に言い訳して山城を壊さなかった。
また、薩摩藩は豊臣秀吉の九州平定で領地を大幅に削減されたものの、武士の数は減らさなかった。他藩は武士の数を減らして城下にすべての武士を集住させたが、薩摩では全人口の4分の1を武士が占めていたため、各地の山城周辺に武家屋敷群「麓」を造り、武士を分散して配置した。江戸時代末期には領内に120カ所の麓があったという。麓内には領主の屋敷や役所、その周囲に馬術の鍛錬をする馬場と呼ばれる広い道と人が歩ける程度の狭い道、その両側に石垣や生け垣で守られた武家屋敷が配置された。また、麓のこどもたちは郷中教育という相撲や剣術(示現流)など体を鍛える修練などで育てられた。薩摩の武士が勇猛果敢なのはこうした理由による。幕末期、薩摩藩の軍事力の土台となったのが麓の武士たちで、明治維新を成し遂げるための大きな力となった。このストーリーは日本遺産で紹介されている。散策で訪ねてみたいのが鹿児島中央エリアにある「歴史と文化の道」。西南戦争を偲ばせるスポットをはじめ、見どころが実に多彩だ。
鹿児島城山+αの旅提案
桜島を眺めてばかりではつまらない。桜島フェリーを含む公共交通機関を利用して効率よく桜島観光できるのが、桜島港を 起点に島内の西側エリアを運行 するのが「サクラジマアイランドビュー」。桜島ビジターセンターや、歌手長渕剛氏のコンサートを記念して制作された「叫びの肖像」、桜島国際火山防災センターほか魅力的なスポットをめぐることができる。また、鹿児島市内と桜島の観光スポットをオープントップバスで一挙にめぐる土日祝日運行の「かごんま・そらバス」もおすすめだ。
砂に埋まって温泉力を感じる指宿温泉
指宿温泉は「湯豊宿」とも呼ばれた湯量豊富な温泉地。地面を数m掘るだけで温泉が湧き出すという。一方、人気の温泉「砂むし」の歴史を紐解くと、ザビエルが来日する3年前の事前調査報告書に「砂に穴を掘って横たわっている」という砂むしを思わせる記述が残されている。世界でも珍しい「砂むし」は、海岸に自然湧出する湯温80度ほどの温泉と火山によって生まれた黒く粒子が大きい砂を用いる。
泉質は塩化物泉だ。鹿児島大学医学部による調査結果では、自律神経を整える効果や心拍出量の増加、深部体温の上昇など数々の有効性が認められている。だから10分ほどで汗があふれ出す。特に血液の循環促進による老廃物の排出や炎症性・発痛性物質の洗い出し、充分な酸素栄養の供給における効果は通常の温泉の3~4倍と結論づけられている。
COLUMN
1867年のパリ万国博覧会に日本から江戸幕府、薩摩藩、佐賀藩が出展している。使節団長は将軍徳川慶喜の弟の徳川昭武で、一行には若き日の渋沢栄一も名もみえる。薩摩藩は薩摩琉球国太守政府として参加し、日本初の勲章「薩摩琉球国勲章」を作成し、ナポレオン3世をはじめとするフランス高官に贈っている。その勲章を見ることができるのが指宿白水館が運営する「薩摩伝承館」だ。館内ではパリ万博で大きな注目を浴びた薩摩焼の陶芸品の数々も鑑賞できる。蛇足だが、ルイ・ヴィトンのモノグラム柄は、万博の際に薩摩藩島津家の家紋に触発されて考案したものだという。
神話と力強い硫黄谷温泉の恩恵に浴する霧島温泉
霧島山は日本神話の天孫降臨伝説の舞台。山頂には神話に登場する「天の逆鉾」が立てられている。奈良時代にすでに存在していたといわれているが真相は定かではない。その逆鉾を引き抜いてしまった人物が坂本龍馬。本人が姉に送った手紙に記している。健脚ならばぜひトレッキングへ。高千穂河原から約1~2時間で山頂にたどり着くことができる。御鉢と呼ばれる大迫力の火口や雲海の大パノラマ、神聖な空気に癒されることだろう。
圧倒的な湯量と多泉質で知られるのが硫黄谷温泉。ここに霧島温泉の醍醐味が集約されている。温泉水が集まって流れるのが国道沿いの「丸尾滝」。滝坪は乳青色に輝き、冬には湯けむりが立ちのぼり、時には虹が架かる。霧島山は大きな水源といわれるほど豊富な水源を蓄え、さながらダムのような機能を果たしている。毎分22トンもの湧水量で知られる「大出水の湧水」を眺めれば水の力強さにも驚く。天然のフィルターでろ過された名水で喉を潤すのも良い。観光拠点は土産店、食事処が集まる霧島温泉市場。ぜひ味わいたいのが名物黒豚に負けずとも劣らない上質な「霧島熟成神話豚」を使ったカレーや「霧島神話ぼっけ鍋」だ。
霧島温泉+αの旅提案
〈霧島七不思議〉
蒔かずの種 | 霧島の山中や竹やぶに生える自然の陸稲。天孫降臨の時、高天原から持ってきた種子が残っていると伝わる。 |
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亀石 | 神宮の旧参道の中ほどにあるカメにそっくりの自然石。 |
風穴 | 旧参道にある岩穴からいつも極微弱な気流が吹きでているのが不思議がられていた。霧島山中ではこれに似た現象はあちこちにみられる。 |
御手洗川 | 霧島神宮の西方250mほどの下の岩穴から湧き出る小川。11月から4月ごろまでは、ほとんど枯れているが、5月頃からすごい勢いで大量の水が湧き出て、魚もいっしょに涌いてくる。天孫降臨の際、高天原から持ってきた真名井の水が混じっていると伝わる。 |
両度川 | 霧島神宮の西方300mにある両度川。毎年6月ごろから水が流れ出して8・9月ごろには枯れてしまう。10日も水が流れたかと思うと全く乾き、数日たつとまた流れ出すという。 |
文字岩 | 霧島神宮の西約2㎞山中にある10m3ほどの岩で、真ん中から割れて10センチメートルぐらいの隙間ができている。中をのぞくと、字が彫られているのが見える。 |
夜中の神楽 | 霧島神宮が現在の地に遷宮される際、深夜に社殿の奥で神楽が高く鳴り響いたと伝わる。今でも時々深夜に、かすかに神楽のような物音がすると いわれる。 |
〈霧島神宮のパワースポット〉
霧島メアサ | 南九州の杉の先祖ともいわれる樹齢800年の御神木。高さ38m。裏に回ると木のコブが烏帽子を冠り、手を合わせる神職の姿に見える。 |
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龍の手水舎の水口 | 江戸期の石工、鹿児島五大石橋の設計者・岩永三五郎の作。 |
勅使殿 | 伝説の生きもの、獏と獅子の細工など極彩色の装飾。 |
さざれ石 | 三の鳥居のすぐ近くにある。君が代の歌詞にある石。 |
山神社 | 旧山道にあり、杉の木に囲まれた小さな石の祠。 |
写真提供:鹿児島市、鹿児島観光コンベンション協会、K.P.V.B