特集
女将・沼田弘美さんが語る、創業75年の老舗「紀州白浜温泉 むさし」のおもてなしの心(前編)
創業75年。紀州の名湯として知られる白浜温泉「むさし」。 その暖簾を守るのは、家族の絆に支えられ、伝統ある旅館を継いだ女将・沼田弘美さん。 女将の半生と、和歌山の魅力、そして老舗旅館「むさし」のおもてなしの神髄に迫ります。
INDEX
-女将になった経緯ときっかけ
インタビュアー
女将になられたきっかけをお聞かせいただけますか。
女将
お嫁に来た先が、まさかこんなに大きな旅館だった、というのが始まりです 。夫と義理母の二人だけの生活が長く、長女と長男が年子で生まれ、跡継ぎができたことで、周りも安心したようでしたね 。
主人は大学生のときに父を亡くしており、長く母一人子一人の生活が続いていました 。親子2人でずっと旅館を切り盛りされてきたので、私が出産してからも「すぐに家業に入ってほしい」ということではなく、「まずは子育てに専念してほしい」と言ってくれました 。ですから、しばらくの間は子育てをメインにして、家業にはほとんど関わっていなかったんです 。
ただ、この辺りはやはり地方ということもあって学校が少なく、ちょうど私達の子供が生まれた1998年、99年は、世の中でグローバル化が叫ばれ始めた頃でした 。「子どもに良い教育環境を」という考え方が広まっていた時代でもあったので、思い切って京都の新しい小学校を受験させることにしたんです 。
無事に合格できたことをきっかけに、祖母(大女将)が「京都は日本の観光の中心地だし、うちは和風旅館なのだから、着付けを学ぶにも京都へ行くのが一番じゃないか」と後押ししてくれまして 。それで、私と子供たちで京都へ移り住むことになりました 。その間、社長である主人と大女将の2人がこの旅館を守ってくれていたんです 。
京都では子育ての傍ら、様々な旅館の集まりや大手旅行会社さんのセミナー、それから「女将塾」のようなものにも参加させていただきました 。小さい子供を連れて勉強会に顔を出して、同じように旅館を継がれた方や、お嫁に来られた方々と交流を持たせていただいたのが、女将としての私のスタート地点になります 。
インタビュアー
ご出身はどちらなんですか。
女将
愛知県なんです 。ですから、お嫁に来るまで和歌山県の白浜温泉という地名を耳にしたことすらありませんでした 。愛知県の人間だと、おそらく紀伊半島の東側にある勝浦温泉くらいまでは知っているのですが、和歌山と聞いても白浜という場所がピンと来なくて 。 「白浜ってどこなんだろう?」と思ったのを覚えています 。
当時はまだ高速道路も和歌山県の途中までしか開通しておらず、高速を降りてからの道のりが本当に長かったんですね 。今ではすっかり便利になりましたけど、当時は「ずいぶん遠いところに来てしまったな」と感じました 。
-女将としての日々の心がけとやりがい
インタビュアー
女将として、日々どういったことを心がけていらっしゃいますか。
女将
本来であれば、昔ながらの「上げ膳据え膳」といったスタイルが旅館の理想なのかもしれません 。ですが今は、人手の問題や生産性の向上といった課題もあり、以前と全く同じようなサービスをご提供するのは難しいのが実情です 。それでも、常にお客様の目線に立ち、心から喜んでいただけるようなサービスを追求することが何よりも大切だと考えています 。
現在は、一人のスタッフがずっとお客様につきっきりという訳ではなく、チェックインやレストランといった場所ごとにおもてなしをさせていただいています 。だからこそ、お客様と接する一つひとつの場所でのコミュニケーションを大切にし、皆様に喜んでいただけるサービスを心がけています 。
インタビュアー
お仕事の中で、最もやりがいを感じるのはどんな時でしょうか。
女将
館内でお客様とお会いしている時はもちろん、お帰りの際に「本当に楽しかった」「ゆっくりできました」といったお言葉をいただく時ですね 。また、当館はリピーターのお客様が非常に多いので、皆様が再び訪れてくださり、「久しぶり」と気さくに声をかけてくださるのも本当に嬉しいです 。
時には、私がいなくてもスタッフがお客様に「お久しぶりでございます」とお声がけしてくれることもあります 。お客様から「こんなに大勢の人がいるのに、顔を覚えて声をかけてもらえるなんて嬉しいわ」と言っていただけることが、私達にとって何よりの励みになりますね 。
-海外のお客様へのおもてなし
女将
私は、和歌山県の皆さんと海外のセールスや商談会に参加させていただく機会がよくあるのですが、その際にはできるだけ着物を着ていくようにしています 。やはり着物姿でいると、皆様が「和風の旅館なのかな」と興味を持ってくださり、お話を聴くきっかけになるんです 。佇まいから「和」を感じていただいた上で、和歌山の魅力についてお話しできるのは、とてもありがたいことですね 。
海外からお越しになるお客様には、何よりもまず「日本の温泉旅館」そのものを体験していただくことが大切だと考えています 。実際に宿泊されたお客様からは「楽しかった」というお声をいただきますし、当館は白浜のビーチへも歩いて行ける距離にあり、二次交通の心配がいらない点も、非常に喜んでいただけていますね 。
インタビュアー
海外からのお客様をおもてなしする上で、特に意識していることはありますか。
女将
海外のお客様は、やはり言葉の壁を心配されている方が非常に多いです 。その点、当館には台湾、ネパール、ベトナムなど多国籍のスタッフが在籍しており、その多くが英語やそれぞれの母国語を話すことができます 。どんなお客様にも、何らかの言語で安心してコミュニケーションが取れる体制を整えていますので、言葉の不安を感じることなく、ゆっくりとお過ごしいただければと思っています 。
-季節ごとの白浜の魅力
女将
和歌山県は、一年を通して本当に色々な楽しみ方ができる場所です 。夏はもちろん海水浴がピークで、ご家族連れのレジャーで賑わいます 。冬になりますと、コロナ禍から始まった「SHIRAHAMA LIGHT PARADE by FeStA LuCe」という美しいイルミネーションイベントもございます 。
春には、桜より一足早く、2月頃から梅畑の梅が見頃を迎えます 。可愛らしい花々と共に梅の香りを楽しんでいただけますし、和歌山は一年を通して果物が豊富で、美味しいものがたくさんあります 。国内のお客様はもちろん、海外のお客様にも大変喜んでいただいております 。
-一番のおすすめは「2種類の温泉」
インタビュアー
「むさし」さんを訪れるお客様に、女将が一番おすすめしたいポイントはどこでしょうか。
女将
館内でのおすすめは、何と言っても温泉ですね 。和歌山県はもともと源泉の数が非常に多いそうなのですが、白浜町内だけでも94本の源泉があると言われています 。その中でも当館は、自家源泉ともう一つ、別の源泉を引いており、館内で2種類の泉質をお楽しみいただくことができるんです 。一つの旅館で泉質の異なる温泉を体験できる場所は町内でも珍しいので、ぜひゆっくりと湯めぐりをしていただきたいです 。
温泉水は飲泉もできるようご用意しています 。実際に少し口に含んでいただくと分かるのですが、海に近いこともあり、塩分を含んだ泉質なんです 。少し塩味を感じる温泉なのですが、その分、体の芯から本当にポカポカと温まると、皆様に大変喜んでいただいております 。
-館内で楽しめる多彩な体験アクティビティ
インタビュアー
この施設の中でできる体験について教えてください。
女将
お客様に滞在時間をより一層楽しんでいただけるよう、スタッフが様々な館内イベントを企画しています 。例えば、チェックイン後の夕方には、円月島まで歩いて3分ほどの場所までご案内する無料の散策ツアーを行っています 。夕日が島の真ん中の穴にすっぽりと収まる絶景ポイントがあるのですが、その日の太陽の位置に合わせて一番美しく見える場所へとお連れし、記念撮影のお手伝いをさせていただいています 。
温泉やお食事を楽しまれた後には、ご家族連れのお客様に人気の「ひょうたんの絵付け体験」(有料)もご用意しています 。これは、上富田町(かみとんだ)で作られているひょうたんに、思い思いの絵を描いてお土産としてお持ち帰りいただける体験です 。
また、このロビーにも飾ってあるのですが、「組子(くみこ)」の制作体験(有料)もできます 。これは釘や接着剤を一切使わず、細い木のパーツを組み上げて模様を作る伝統工芸で、さながらパズルのようです 。勘の良い方なら15分から20分ほどで完成させることができますよ 。
そして、和歌山県は日本一の梅の産地ですが、その梅を使った「梅酒」もGI(地理的表示)に認定されるなど、世界的に評価されています 。現在、登録されている梅酒は100種類近くあるそうですが、その中から当館が厳選した70種類ほどを取り揃え、お客様に5種類の梅酒を飲み比べていただくテイスティング体験(有料・500円)もご好評いただいています 。
20分ほどで専門のスタッフがそれぞれの梅酒の特長をご説明しながらご案内しますので、お気に入りの一杯を見つけていただければ嬉しいです 。見つけたお気に入りの梅酒は、水割りやロック、ソーダ割りなど、お好きな飲み方でグラスに注ぎ、お部屋にお持ち帰りいただくこともできます 。和歌山ならではの味を、心ゆくまでご堪能いただければと思います。
翌朝には、朝一番の澄んだ空気の中、白良浜(しららはま)までお散歩にご案内するリラクゼーションプログラムもございます 。朝7時半からのスタートで、スタッフが記念撮影のお手伝いもいたします 。
インタビュアー
散策するにも、本当に素晴らしい立地ですね。歩いて色々な場所へ行けるという地形も活かされていて、素敵です。