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封建制度下に生まれた文化、それが「湯守」
湯けむりの中、湯口からこぼれる湯を眺めくつろぐひとときは何とも幸せな気分に浸れるものだが、その陰で人知れず温泉を管理している人々がいる。今では日本に数少ない「湯守」と呼ばれる方々である。現代において湯守を名乗る場合、源泉まで含めた入浴施設全般の管理を専業で行う従業員という位置づけであるが、湯守専業の従業員を置く宿は非常に少なくなっている。
湯守が任されたのは主に封建制度が存在した時代。その名残を伝えるのが5つ星の宿では岩手県つなぎ温泉の「湯守 ホテル大観」で、1603年に藩主南部利直公に湯守を命ぜられて以来、最高の湯でもてなし続けている。加水いっさいなしの湯量豊富な源泉100%掛け流し温泉。メタケイ酸が76・8㎎含まれる「飲んでよし、浸かってよし」の単純硫黄泉だ。
湯守の多くは治世が安定した江戸時代に任命されているが、湯守の制度が終わった明治時代以降もそのまま温泉の利用権を保持し、湯小屋などを営み宿へと移行している。
写真でご紹介している湯守は、湯守文化を頑なに守り続ける草津温泉「奈良屋」の湯守。いっさい妥協を許さない手仕事が草津最古、稀少な「白旗源泉」を常に最高の状態の温泉に仕立てている。
湯を誇りに、使命として愛情を注ぐ湯守
日本には、「地・温泉 湯守会」という35の宿の館主や女将たちによる組織がある。彼らはその地に根づいた伝統的な湯を誇りとし、湯を守り続けることを自分たちの使命と受けとめ、骨身を惜しまず湯に愛情を注いでいる。5つ星の宿でいえば、青森県「蔦温泉旅館」と「酸ヶ湯温泉旅館」、秋田県乳頭温泉郷「鶴の湯温泉」、岩手県「大沢温泉山水閣」、福島県高湯温泉「旅館玉子湯」、群馬県法師温泉「長寿館」、富山県「大牧温泉観光旅館」も湯守会に所属している。
宿仕事ではないが、福島県二本松市にある岳温泉も湯守によって管理されている。岳温泉は標高1,700mの安達太良山の源泉地から標高差約900m、約8㎞の距離を1本の湯管で「引き湯」されている。源泉から1㎞の範囲では湯の花が固まりやすく、定期的に掃除をしないと湯管が詰まり、温泉が温泉街まで届かない。湯守を委託されているのは4人。彼らは15カ所の源泉を3つの区域に分けて3週間ごとに掃除してまわる。標高950mからは登山道を歩いて登る。積雪が4mを超える日には雪の中から源泉や湯管を探すのにも一苦労だそうだ。源泉の周辺は雪が解け、大きな空洞になって硫化水素が溜まる。その穴に落ちると硫化水素中毒で命を落とす危険性もある。まさに命がけの努力があって、岳温泉では全国でも珍しい酸性泉を楽しむことができるのだ。「陽日の宿 あづま館」の露天風呂や大浴場はその源泉で満たされている。